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広島高等裁判所岡山支部 昭和25年(ラ)13号 決定 1953年4月03日

抗告人 橋本直人 外一名

相手方 小野田セメント阿哲工場労働組合 外一名

主文

本件抗告はこれを棄却する。

抗告費用は抗告人等の負担とする。

理由

本件抗告理由の要旨は次の通りである。

(一)  相手方組合が抗告人両名を組合から除名したのは組合員が組合内部で政治活動を行うことを禁止する旨の組合大会の決議に反して、抗告人両名が共産党細胞機関紙「コンベーア」の発行及び組合員に対する配布等の行動をしたとの理由でなされたものである。

而して原審の決定は組合規約第一四条第二号には組合員は組合決議を尊重し、統制に服する義務があることが定められておること、組合が組合員の勤務する工場の内部或はその附近で細胞機関紙を組合員に領布する如き行為を制限禁止することは組合がその団結権を維持し、統制を確立するため可能であり、組合員の之に反する行為は許されないところ、相手方組合は前記決議をなし、抗告人両名には之に違反した行為があつたのであるから相手方組合が抗告人等を除名したのは正当であるとなしている。

然しながら、組合規約第一三条第五号によれば組合員の政治活動の自由を保障しておるのであつて、組合規約によつて組合員の政治活動の自由が認められている以上、組合の機関は之に反する決議をなし得ず、之をなしたとしても無効のものである。而して、右規約の保障する政治活動の自由とは、組合員の権利についての規定であつて、組合員が組合内部においても組合員として政治活動し得る自由を保障したものであつて、会社ないし組合の内部以外において、一般市民として自由に政治活動をなし得ることを規定したものではない。組合規約において、会社ないし組合関係を離れて一個の社会人、一人の国民としてなす政治活動の自由を保障するが如きは全く無意味である。

組合規約によつて保障する組合員の権利は組合執行部や総会の多数決によつて侵害すべからざるものである。もしこの権利を制限ないし、禁止せんとせば組合の規約をその趣旨に改正するか、又は少くとも国民の権利に対する憲法第一二条の如き一定の目的から濫用を制限すると云うような規範的根拠を設定しなければならない筈である。

なお又、原審決定は組合は組合員が「工場内部又は工場附近」で細胞機関紙を組合員に領布する行為は制限禁止し得るとなしておるが、工場内部でも休憩時間中に組合員は自由の時間が与えられており、又就業時間中に業務外の行為をなしたとしてもそれは会社の就業規則に違反することこそあれ組合の統制問題とはならないものである。

又、工場附近でと云うに至つては驚くの外はない。英米の労働関係では「フロム、ゲート、ツー、ゲート」と云う言葉がよく使われる。これは実働と拘束の時間の問題に関して云われるところで門を出れば労働者は会社の就業規則から解放され、一般市民としての行動の自由を取得する。従つて、新聞紙領布の対象が組合員であろうと一般大衆であろうとこれを制限することはできない。

たゞ右領布した新聞紙の記載が組合をたゝきつぶせとか、組合をなくしてしまえとか云う極端なものであればそこに条理による制限の根拠が生れるかも知れない。然し、本件において問題になつた「コンベーア」にしても直接組合の統制や団結に関するものでないこと勿論、組合を消滅させたり、組合員大衆の利益を侵害したりするものでないことは勿論である。

かゝる政治活動をなすことは組合規約の認めるところであつて、この権利を組合の統制及び団結の美名にかくれて制限することは許されない。

なお、除名の理由となしているのではないが、相手方組合長は原審裁判官に対して抗告人橋本が会社の勤労課長の失敗を摘発したとか、組合長と懇親な下請会社の白川組代表者高橋憲磨の職業安定法違反を摘発したとか供述しておるが、これ等の事由が組合除名に値する問題となり得ないことは明かである。然るに相手方組合長はかゝる動機からして抗告人除名の策動をなしたものである。

(二)  原決定は抗告人畝尾が賞罰委員会において弁明の機会が与えられなかつたことを認めているし、当事者双方提出の疎明資料を綜合すれば同人は職場委員会にも喚問せられなかつたことが認められる。

而して組合規約第四条及び第四五条によれば賞罰委員会は賞罰の厳正を期するための組合の機関であり、職場委員会は賞罰委員会の報告に基き賞罰を審議、議決する機関である。右第四五条第二項は制裁が除名又は権利の停止のいずれかであるときは総会の議を経なければならぬことを定めているが、これは職場委員会の決定に基いて、更に之を審議決定するので賞罰委員会だけでは直ちに総会にかけられるものではない。従つて総会で最終の決定はなされるとしても、その前提手続である賞罰、職場両委員会の審議決定がなければ総会の審議はあり得ず、この前提手続は極めて重大な意味をもつものである。この重大な委員会において抗告人が弁明権を行使することができなかつたと云う事実は組合規約第一三条第四号に規定する制裁処分に対して弁明弁護する権利(同条の「制裁処分に対しては」と云う意味は既になされた制裁処分に対してではなく、制裁処分をなすには予め弁明弁護する権利を認める趣旨であることは明かである)を奪われたものである。

原審決定は抗告人等の除名を決定した総会において退場させられたことを認めながら、それは一時的のもので抗告人等の権利を不当に制限したものではないとなしておるが、除名が一時否決されたのに、決議をもう一度やり直すかどうかというような大切な場合に退場させることは重大な権利の侵害であつて、時間が短いと云うようなことはこじつけに過ぎない。凡そどちらに定まるか解からないような会議の雰囲気の際に有力なメンバーを退場させておいて決定のやり直しを決定するなどと云うようなことは明かに暴挙であり、民主的精神をふみにじるものである。而も本件の場合その再投票かどうかの重大な決定が挙手でなされているのであつて、これは執行部に反対して睨まれることの恐ろしい組合員は手を挙げるに決まつているようなものである。相手方組合の決議は右のような方法によつてなされたものである。

以上の点において原審決定は失当であると云うにある。

よつて先づ(一)の点について判断する。

相手方小野田セメント阿哲工場労働組合が組合規約第一三条において組合員に政治活動に対する自由の権利を保障しておることは疎甲第一号によつてこれを認めることができる。

この規約によつて組合に対し保障されている組合員の政治活動の自由は組合員が特定の政党その他の政治団体を支持し又はこれに反対する等政治的な影響をもつことを目的とする行為をしたからといつて、そのことのために組合員として不利益を被むることのないように政治活動の自由の権利を保障したものと解するのが相当であるばかりでなく、この組合員の権利そのものは組合規約を所定の手続によつて改正するのでなければ、組合執行部は勿論、組合総会の決議によつて奪うことは許されない。

従つて本件において組合総会において右規約に定める右組合員の政治活動の自由の権利を剥奪する決議をしたものであればその限りにおいてその決議は無効と解するの外はないであろう。

従つて、かゝる決議に違反して組合員が政治上の活動をしたとしても右決議に違反すること又は、かゝる政治活動をしたことを理由に当該組合員に懲罰を課し得ないものと云うべきである。然しながら、かような組合規約があるからといつて組合の総会の決議を以て組合員の政治活動はいかなる意味においても制限をなすことを得ず、又組合員はいかなる政治活動をもなし得るの自由を有し政治活動をなしたことを理由としては当該組合員を除名することはできないと即断することはできない。

労働組合は労働組合法第二条所定の目的を遂行するため組織された団体であるから、組合が自己の目的を遂行するため自らその団結を維持しその存立を確立するために諸措置を講ずる必要があることは当然である。労働組合は労働者の労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを目的とするのであつて、政治運動又は社会運動を主たる目的とするものではない。

勿論現在の経済社会において経済問題と政治問題とは密接な関係があることはもちろんであつてその限りにおいて労働組合の目的遂行のために政治活動がなされることはあるけれども、両者は常に一致するものとはいえず組合員のなす政治活動が組合の存立目的を脅かし、或は組合の団結に著しい脅威を与えるものであると認められる場合には組合はこれらの障害を除去し、組合の団結とその存立を維持するため、その統制を紊すような組合員に対しその政治活動に或る程度の制限を加えることもできるものと云わなければならない。

相手方組合が組合規約(疎甲第一号証)第一四条において、組合の義務として、此の組合の規約諸規定と総ての決議を尊重し、制限に服する義務を規定し、第四八条第三号において、組合は組合員に組合の統制を紊す行為があつた場合に制裁処分を課し得ることを規定しておるのは前記のような組合の団結と存立をあやうくする如き政治活動に対しても、これを除外する趣旨とは考えられず、従つて、この限りにおいて総会において、組合の統制を紊す虞のある政治活動の制限をなし得るし、組合員は右決議を尊重しなければならないし、政治活動の自由の権利を有するからといつて、その自由の範囲を逸脱してはならない。

而して相手方組合は昭和二四年六月五日組合の第七回年次大会において、「現在労働者政党が二つにも三つにも分裂しているのでそのまま政党と直結することは組合を分裂さす危険が多分に存するが故に、政党のフラク活動、政党の支配は厳に避けねばならない。然しながら個人々々直接政党に参加して吾々究極の目的の為に闘うことを忘れてはならない」旨の決議をなしたことが疎乙第一号証によつて認められる。

即ち右組合大会の決議は組合員に対して全面的に政治活動の自由の権利を奪うものではなくて、当時の社会情勢の下でその活動を放置するにおいては組合の分裂を生ずる虞があるとの情勢判断をなし、組合の統制を紊し組合の分裂を招くような政治活動を禁止する目的を以て組合内部ないし、組合員に対して特定政党に直結するような政治活動を禁止する旨決議したものであることは明かであつて、その後も右大会の決議は組合の機関において確認維持されているところである(疎乙第八号証の一、二)。

然るに相手方組合がその後昭和二五年六月八日の臨時総会において、抗告人等に右決議に反する行為及びその他組合の団結を紊し、統制に反する行為があつたものとして(前記組合規約第四八条第三号)除名決議をなしたものであることは疎乙第四ないし七号証によつて疏明される。

この点に関し抗告人等は決議違反の事実によつてのみ除名されたものであると主張するけれども之を肯認し得る疎明資料はない。

よつて、抗告人等にこれに該当するものと認めるに足る行為があつたかどうかについて審究する。

疎甲第二号証、疎乙第二号証の一ないし一四、第四ないし七号証、第九ないし一六号証、疎丙第一二号の一、二、三、第一七号証と原審における相手方組合代表者柴崎誠、抗告人橋本直人、同畝尾貞夫の審尋の結果とを彼此綜合するのに抗告人両名は他の数名と共に日本共産党岡山県西北地区委員会小野田セメント阿哲工場細胞を組織していたところ、抗告人等は他の細胞と協議の上細胞活動として(一)昭和二五年一月以降細胞機関紙「コンベーア」及びその号外を発行し組合から組合員に配布せぬよう注意したのに拘らずこれを組合員に領布し、(二)且つ右機関紙には組合に関する記事は直接間接を問わず載せないよう注意したのに拘らず、これに反し、組合に関連する記事を掲載し(三)同年一月二五日擅に会社の印刷機を使用し、会社の許可を得ないで(労働協約第四条)右細胞機関紙を印刷し、(四)同年二月二五日組合事務所において右細胞機関紙を印刷し、(五)組合の常任委員会及び職務委員会においてなされた白川鉱業所請負の石炭シロー工事及び積込場の件については各個の意見の発表はさしひかえ、特に文書その他で外部にもらさないようにとの申合せないし決議に反して同月二〇日頃細胞機関紙に掲載してこれを一般に領布し更に、(六)同年三月二九日外部の者と会合して組合の運動方針並に役員候補者の討議をなし、(七)人民山陽四月上旬号に掲載された四月一日組合年次大会批判「総同盟幹部の分裂を防ぐ」なる記事は右細胞として抗告人等の提供した情報に基くものであり、抗告人橋本は(一)同月中旬頃組合の常任委員でありながら、組合の諒解を得ないで、セメント積込場作業の件について新見労働基準監督署に出向いてその内容を通告し(二)又、組合の常任委員会の決議を無規して新見警察署に出頭し組合の代表者の如く装つて勤労課長の非行について密告をなしておる事実が一応疎明される。

右認定の通り抗告人等は屡々重ねて前記決議に反するのみならず、組合の機関の決定を無規した行為をなしたものであつて組合の統制を紊したのみならず(前記疎乙第二号証の一ないし一四参照)かようなことを放置するにおいては将来著しく組合の統制を紊す虞があるものと云わなければならない。そして、それが細胞活動の故を以て政治活動なりとして、組合に対し組合員として右行為を正当化することができないことは前説示により明かである。

従つて抗告人等がかかる統制を紊す行為をなしたことを理由として相手方組合が抗告人等を除名したのは正当といわねばならない、抗告人等は抗告人等が工場内における休憩時間中ないし、工場外において、細胞機関紙を組合員に領布したことは自由であつて、組合の制限に服すべきものではないと主張するのであるが、前記認定のような抗告人等の行為はその行われた時、場所の如何に拘らず、組合員に対する限り、組合の統制に服すべく、組合の統制を直接紊すものであるからこの主張は採用し得ない。従つてこれ等の抗告人の主張は理由がない。

次に(二)の点について判断する。

組合規約(疎甲第一号証)第四八条、第四四条、第四五条によれば組合は組合員に組合統制を紊す様な行為があつた場合に、賞罰委員会を設け、賞罰委員会は事実調査の結果を職場委員会に報告し、職場委員会はこれを審議決定するのであるが、課せらるべき制裁が除名と権利停止の場合には総会の議を経て制裁処分を決定することが定められており、又第一三条第四号において組合員は制裁処分に対して弁明弁護する権利を有することが認められておる。

疎乙第四ないし七号証によれば組合の右組合規約第四八条、第四四条、第四五条所定の手続を経て抗告人等を除名したものであることが疏明される。

なお、右組合規約において認められる弁明、弁護の権利は除名決定機関である総会の議事以前の手続の各段階の総てにおいて当該組合員に弁明させることを要求しているものとまでは解せられないのであり、疎乙第四号証によれば賞罰委員会は抗告人畝尾を喚問せず、従つて同人は賞罰委員会において弁明の機会がなかつたのであるけれども、本件除名の原因たる事実は抗告人等が、共産党細胞として組合の統制を紊すべき種々の活動をしたことであつて、抗告人畝尾にのみ関する特別の事由もなく、抗告人橋本をはじめ他の細胞(三好正一、三谷慈心等)を喚問し、その弁明を聴取することによつて抗告人畝尾に関する事実も調査が可能であることを認めたによるものであること、疎第六号証によれば職場委員会は抗告人等は喚問しないで審議決定がなされていること、然しながら疎乙第七号証によれば抗告人畝尾は同人等を除名する総会においてはこれに出席し、弁明の機会が与えられ、抗告人橋本等と共に十分に弁明しておることが疎明せられるからこの点に除名手続に違法があるものとはなし得ない。

組合規約(疎甲第一号証)第二五条は組合員の除名処分に関する議決は総会において組合員の直接無記名投票によらなければならないこと、出席者の三分の二以上の同意を要することが定められ、疎乙第七号証によれば右組合規約所定の手続によつて決議がなされたことが疎明される。

なお同号証によれば右決議は抗告人等を含み、出席組合員による再投票によつてなされたものであること、再議に附するや否やの決定をなすに際し、抗告人等を退場せしめて挙手の方法によつて決定されたことが疎明されるが、抗告人等を退場せしめたのは再議に附するや否やについて抗告人等を在席せしめることにより議事運営に困難を来したことによるものであることが同時に疎明せられるのであつて、抗告人等は既に十分に弁明の機会を得たものである以上かかる場合利害関係人である抗告人等を退場せしめることは止むを得ない処置と認める外なく、挙手の方法によつて決定することも、かかる決定については何等規約に定められていないのであるから所定数の組合員の出席の下でなされた以上これを違法とすることはできない(挙手の方法によることによつて何等かの強制がなされたとの点は疎明資料がない)。

従つて以上いづれの抗告理由も採用し得ない。

よつて主文の通り決定する。

(裁判官 三宅芳郎 林歓一 浅賀栄)

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